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動物実験と霊長類
−サルの人工繁殖からES細胞株樹立、そしてクローンへ−


鳥居 隆三(動物実験施設・助教授)

動物実験
 現在、動物実験はヒト医学研究の基礎研究から前臨床試験において、なくてはならない手段として広く行われている。しかし1980年代の欧米に始まる動物実験反対運動は、動物を用いる実験すなわち in vivo 実験を減らし(最終的には廃止し) in vitro 実験やそれに類する系、いわゆる丸ごとの動物を用いない系に置き換えることを訴えており、さらに最近ではイヌやネコに代表されるペット化された動物(伴侶動物)を使用することに対する感情的および倫理的な面にもその論点が置かれてきている。
 新しい薬物の開発において薬理効果や薬物の毒性・安全性、副作用等を確認するためには、動物丸ごとを用いる実験系が如何に重要であり不可欠であるかは我々はよく知っている。しかしそこでは、用いる動物をより少なくし(Reduction)、無用な苦痛を与えないよう(Refinement)、そして研究者は動物実験全ての責任を負い (Responsibility)、動物を使わなくてもすむ実験系を見いだすこと(Replacement)に、日々努力しなければならないことを忘れてはならない。
 すでに重複した実験や使用動物数を減らすための努力が行われてきているが、 in vitro 実験に移行するためにも in vivo 実験での多くのデータの蓄積が必要であることは言うまでもない。使用動物数を減らし精度の高い基礎的データを集積するためには、データ提供動物の個体差がより少ないことが望まれ、その方法として、遺伝学的、微生物学的および環境の統御が行われている。これら統御によって、安定した再現性ある実験結果を得ることができるが、このような統御がなされている動物種は現在のところマウスとラットのみであり、その他はいまだ不十分な状況にある。

外挿
 ヒト医学の研究を行うに当たって、各種動物の中でヒトを用いる実験系が最も優れた系であることはいうまでもない。しかしヒトの身勝手ともいえる人道的な理由により、ヒト以外の動物種に実験系を求めることになる。そこでは、動物を丸ごとの生物体と考えれば、ヒトに近い動物としてはヒト以外にないので、よりヒトに近い、すなわち部分的類似性のより多くある種を求め、得られる成績をヒトに当てはめる(外挿する)ことになる。
 この外挿において、より多くの条件を満たすものとして、系統発生学的にヒトに最も近い種である、霊長類、いわゆるサル類が登場することになる。ではこれらサル類は、実験成績の再現性を十分期待できる様々な統御がなされており、かつ実験に使用できる数が確保できているのだろうか。

霊長類
 霊長類は世界に約180〜200種の生息が確認されているが、大きさ、数、形態的類似性等の使いやすさから、真猿類、オナガザル科のマカカ属のサル類が多用されてきた。とくに東南アジアに生息するアカゲザルは欧米諸国で、また日本国内ではカニクイザルが多く使用されている。ただこれらの個体は全て外国からの輸入された野生個体であったが、数年前からは種の保護の観点から、繁殖された個体のみが輸出されるようになった。その結果、価格だけは上がったが依然遺伝学的、微生物学的統御はほとんどなされていないのが現状である。一方、同じマカカ属に属するニホンザルは、世界の最北端に生息し、かつ先進国で唯一生息するサル類である。

ニホンザル
 ニホンザルは戦後間もなく世界に先がけて社会行動学の研究に用いられてきた。その後、医学研究にも多く用いられるようになったが、そのほとんど(全て?)は害獣として捕獲された個体、すなわち野生個体そのものである。本学も、滋賀県という地域特性から開学以来、国立大医学部の中では最も多く飼育し維持してきており、多くの研究成果が得られ、動物実験施設でも生殖生理学的データの分析から、ニホンザルの特徴である夏季不妊症の原因を明らかにすることができた。
 このニホンザルは、アカゲザルやカニクイザルに比べ、体躯の大きさや温厚な性格と感染症の罹患率が極めて低いこと等から、各種実験に適した種と考えられる。しかし、医学研究用として現在のような野生個体の捕獲(乱獲)を続けると生息数は明らかに減少し絶滅の危険性もある。またこれらの個体は、遺伝学的な統御や微生物学的な統御は全くなされていない個体であるので、実験成績の信頼性は依然として低い状況にあり、かつ人獣共通感染症の危険性もある。
 このニホンザルを、医学研究用実験動物として各種統御を行い実験動物化するとともに、本学での実験に必要な個体は野生個体に依存しないで自前で賄う等、本学の特色を出すことを目的に、室内で自家繁殖する方法につき検討を加えてきた。

室内人工繁殖法
 室内人工繁殖法として、まず同居自然交配法から開始したが繁殖効率が予想以上に悪く(20-30%)、より高い妊娠効率を得るため、人為的繁殖法として人工授精法の確立を行った。その後、さらに高くかつ安定した繁殖効率を求め、発生工学的手法に基づく繁殖技術の開発、すなわち卵巣刺激法と体外受精−胚移植法(IVF-ET)を試みた結果、1998年ニホンザルでは世界で初めての妊娠と出産に成功した。さらに、精液の凍結保存法を確立するとともに、将来のトランスジェニック、クローンなどにつなげるための技術として、精子を卵子細胞質内に直接注入する顕微授精と胚移植法(ICSI-ET)を試みている。

ES細胞株樹立と顕微授精−胚移植法
 これら一連の過程において本年、ニホンザルとカニクイザルにおいて、体外受精および顕微授精から得られた受精胚を、極めて高い確立で胚盤胞期胚にまで発生させることの出来る体外培養系の確立に成功した。そしてできた胚盤胞期胚の内部細胞塊からニホンザルとカニクイザルでは世界で初めてのES細胞株(Embryonic Stem cell line)の樹立に成功した。
 さらにニホンザルとカニクイザルで顕微授精−胚移植法を試みていたが、7月にカニクイザルでは世界で初めての妊娠を確認することが出来た。これはサル類ではアケガザルに次いで世界で2番目、正常胎仔の出産が見られれば世界で最初となる。

実験動物としてのサル類の今後
 よりヒトに近いサル類は、クローンや遺伝子導入(Tg)動物の作出が可能になれば、そこからはマウスやラットに比べはるかに多くの貴重な成績が得られるであろう。
 今回樹立に成功したサルのES細胞株を用いる実験系(再生医学研究など)は、ヒトES細胞の利用が倫理的あるいは使用制限等の問題点があること、さらにヒトでは in vivo 実験が行えないなどのことから、サルのES細胞株の有用性は極めて大きいと考えられる。さらに、顕微授精−胚移植での妊娠成功は、クローンザルやTgザル作出への可能性をより現実的なものにしたと考えられる。これらの技術を活用し他にさきがけた研究が、本学で行われることを期待する。
 サル類の人工繁殖を試みる中で、技術の取得と確立、そして、ES細胞株樹立、顕微授精法や胚移植法の確立などは、サル類で不足していた遺伝学的、微生物学的統御を可能とし、実験動物として新たな位置を占めることは間違いない。

これからの実験動物と動物実験
 ヒトゲノム計画の進行とともに、ヒト遺伝子を導入するTg動物の作成が加速化し、それに用いられる動物種は、従来のマウス、ラット、モルモット、ウサギ、ネコ、イヌ、ブタ、サル等の中では、圧倒的にマウスが多く用いられてきている。その理由は個体が小さく飼育スペースが少なくてすみ、過排卵処理により受精卵も多く採取でき、さらに life span が短いため世代交代が早く、かつ多産である等の利点に加え、前述の遺伝学的、微生物学的統御がほぼ完全に行えることによるが、ES細胞株の樹立化も加わり、TgやKo動物作成には最適の種となっている。
 これからは、従来の自然発症の疾患モデル動物の探索や薬物投与など人為的誘発による疾患モデル動物の作出に代わってTg動物やKo動物の作出が中心になるであろうし、それらに用いられる種もマウスとサルの両極端に限られてくるのかもしれない。
 多くのデータを保存でき、それらを活用できるコンピュータ科学と生物学が一緒になって新たなバイオインフォマティクス Bioinformatics (生物情報科学)が生まれつつある今日、ポストゲノムとしてすでにタンパク質の分析、そしてそこから新たな薬物探索(ゲノム創薬)が始まっており、テーラーメード tailor-made の薬物も夢ではなくなりつつある中、動物実験も様変わりが求められてきている。

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Last Updated 2005/8/8