高分解能NMRによる生体計測
犬伏 俊郎(分子神経科学研究センター)
岡本 良平(実験実習機器センター)
今日、MR法は医療の現場で臨床画像診断に不可欠な方法としては日常的に使用されている。本学にも、2台の画像診断用MR(1.5T)と本邦第一号機となる術中監視用MR装置(0.5T)が付属病院に導入され臨床に活躍している。これらの機器に加え、動物実験用MR(30cm口径、2T水平型磁石)と高分解能NMR装置(5cm口径、6.35T縦型磁石)が実験に利用できる。本講義では、本学に設置されたこれらMR装置の中で最後に掲げた実験センターのNMR装置を用いた生体計測の可能性について解説したい。本システムには残念ながら、MR画像を撮像するための装置が付備されていない上に、小動物を計測するにも、磁石の口径が小さ過ぎる。しかしながら、本学では最高の磁場強度を持つため感度でMR信号が検出でき、しかも、高分解能(信号分離能)のNMR信号が得られ、生体(試料)から後述するように様々な情報を引き出すことができる。
さて、NMRによる生体計測の一般的な特徴をあげると、
- 試料調整にアーティファクトが混入しない。(freeze clamping, PCA extraction)
- 1回の調整した試料で継時的変化が追跡できる。(Kinetic response)
- 生きたままの試料が扱える。(non-invasive)
のようになる。まさにNMR法は生体計測には好条件を備えているといえよう。
さらに、NMRのもう一つの特徴は1台の装置で種々の核種のNMR信号が観測できる点にある。表1には生体に関連のあるNMR観測可能な核を掲げておいた。代表的な核種で生体からどのような情報が得られるかは、本講義で言及したい。
本講義では実験センターに設置されている270MHz高分解能NMR装置を使用する実験法について、考えられる計測対象を以下の3つに分類して、高分解能NMR装置による生体計測法を概観する。
A.液体試料
元来、液体もしくは液体に近い試料は高分解能NMR装置で最も計測しやすい。この範疇には生体から取り出した物質しかなく、血清(血液そのものにはヘモグロビンが含まれ、その蛋白が1H NMR信号を与え、代謝産物の小さな信号の検出を阻害するため不向き)、尿、唾液等が考えられる。一例として、血清の1H NMRスペクトルを図1に示した。これらの液体試料は試験管(サンプル・チューブ)に封入して計測する。
B.in vitro 試料
高分解能NMR装置による生体計測で、おそらく最もよく使用される試料がここに述べるin vitro調製した試料であろう。A.のように試料管(テストチューブ)に封入することができず、かといって、スペースの制約から動物を丸ごと磁石の中に入れることができないため、動物から臓器を摘出し、栄養液を灌流させながらNMR信号を検出する。この方法では心臓が最も研究されており、図2に示した灌流装置とNMR信号検出器の一例を示しておいた。我々のグループもラットの摘出灌流心で実験をしてきたために、本270MHzNMR用に灌流システムを作成している。本講義の終了後、実際の灌流装置を見学していただく予定にしている。
この他にも、眼科の先生方が実験していたラットの摘出水晶体、あるいは、第一外科の肝細胞、麻酔科の水藻など試料管に挿入できる試料が測定の対象となる。さらに、栄養液を循環させることは摘出臓器と同じだが、細胞そのもの、例えば、ガン細胞なども、同様にして計測できる。
C.in vivo 試料
実際に利用できるスペースはプローブのジャケットを取り除くと、直径2.5−3cm程度であろうが、ここに収まる大きさの動物ならばそのままNMRスペクトルが計測できる。例えば、図3に示した用に、表面コイル(NMR信号検出器)を直接、表在性の臓器に限られるが計測したい部位に固定して、NMR信号を観測する。むしろ、今日遺伝子改変を加えたマウスなどの小動物を手っ取り早く計測するには、この高分解能NMR装置が打ってつけであるかも知れない。
本講義の最後に、実際に実験センターの270MHzを使って簡単な生体計測を行うことを予定している。
*表および図は、当日配布の資料をご参照ください。
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Last Updated 2005/8/8