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腫瘍のゲノム変化の網羅的検出と重み付け


杉原 洋行(病理学第一講座)

1. はじめに
 腫瘍は、細胞の数を調節する機構に遺伝子レベルの異常が起こることによって、細胞が自律的に、クローン性に生長する病気である。腫瘍のゲノムは不安定であるために、腫瘍の生長とともに確率的に異常が蓄積して行く結果、変異と淘汰を繰り返しながら、より悪性度の高いものへと進展して行く。その結果、一つ一つの腫瘍(とくに固形腫瘍)は、二つと同じもののない、きわめて個性的な遺伝子構成を持つに至る。一方、ひとつの腫瘍の振る舞いを左右する遺伝子はかなりの数になる。抗癌剤に対する感受性を規定している遺伝子にしても複数存在している。がんを有効に治療するためには、この腫瘍の個性的な遺伝子構成の情報をフルに活用しなければならない。そのような遺伝子構成の情報を網羅的に収集する過程で、マイクロアレイ解析が中心的な役割を果たすことが期待されている。

2. ゲノム変化のスクリーニング
 これまでの遺伝子変化の研究は、はじめに特定の遺伝子に注目し、その遺伝子の変化を様々な病態や症例で検討するというものが多かった。私たちはこのようなアプローチを「一本釣り的」アプローチと呼んでいる。一方、私たちの病理学的な発想は、目に見える「形」という、すべての遺伝子変化の総合された結果の「全体性」を評価することから始まる。形から、それを規定する遺伝子へという方向である。この過程ではゲノム変化の全体をスクリーニングできることが必要である。ゲノムには3つの階層がある。遺伝子、染色体、そしてプロイディ(=染色体総数)である。これまでフローサイトメトリなどで行われてきたプロイディの解析は、染色体の大きな数的変化を検出するスクリーニングの意味があった。染色体の核型解析は、染色体レベルでのゲノム変化の全貌を見ることのできる、優れたスクリーニング法であるが、生きた細胞が必要であり、かつその解析に習熟するためにはかなりのトレーニングが必要であるという弱点があった。この弱点を克服し、固定された細胞からでも染色体の数的変化がスクリーニングできる方法がcomparative genomic hybridization(CGH)である。この方法は、異なる蛍光色素で標識した腫瘍DNAと正常DNAを、正常の染色体に対して競合的にhybridizeさせ、蛍光強度比を解析することによって、染色体部分のコピー数の増減を全染色体にわたってスクリーニングすることができる。このCGHは、最近、hybridizationのターゲットである正常染色体標本を、遺伝子を含むDNA断片のspotを多数並べたマイクロアレイに置き換えることによって、アレイCGH(すなわちゲノムマイクロアレイ解析)に進化した。この方法で、一挙に遺伝子レベルでのスクリーニングが可能になった。ただ、現在のところ、入手できるゲノムマイクロアレイ(CGHアレイ)は主としてがん遺伝子、がん抑制遺伝子を含むDNA断片を並べたものに限られているが、今後染色体の細かいバンドに対応するゲノムマイクロアレイなどが使用できるようになって行くだろう。

3. 遺伝子発現のスクリーニング:ゲノム変化のスクリーニングとの違い
 ゲノムレベルの遺伝子変化のスクリーニングは、対象が(ゲノムDNAの量的変化の起こる)腫瘍に限られるが、マイクロアレイにcDNAを並べたものを使えば、ゲノムDNAの変化でなく、mRNA発現の増減がスクリーニングできる。これによって、マイクロアレイの応用範囲はほとんどすべての病態に広がったと言える。また、ゲノム変化が捉えられたとしても、それが発現に反映されていなければ意義は小さいので、発現を確認することはその意味でも重要である。それなら、はじめから発現を見るだけでよいのではないか、と言われるかもしれない。たしかに、ゲノムの量的な変化のありえない非腫瘍性疾患の病態解析には、発現を見るだけでよいであろう。しかし、材料に腫瘍を使う場合、腫瘍のゲノム変化は、(細胞の環境や複雑な転写調節の要因でも変化する発現レベルの変化に比べて)比較的安定で、多段階的に蓄積して行くという、発現レベルの研究に還元できない側面を持っている。その意味で、遺伝子診断のよりどころとしては、発現の変化よりもゲノムの変化の方が重いのである。

4. スクリーニングされたゲノム変化の確認
 CGHもマイクロアレイ解析も、all or noneの変化ではなく、2色の蛍光強度比が人為的に決めた閾値を超えた変化を有意とするスクリーニング法なので、微妙な変化は、より直接的な方法で確認しなければならないことが多い。ゲノム変化は、腫瘍組織の核浮遊液から作成したスメアスライドに対し、locus-specific probeとcentromere probeを組み合わせた蛍光in situ hybridization (FISH)を行って確認することが多い。mRNA発現は、組織切片にcRNAなどをprobeとしたin situ hybridizationを行って確認する。その際発現している細胞を同定することができる。

5. ゲノム変化の重み付け
 CGHやゲノムマイクロアレイ解析によって検出された多くの染色体・遺伝子変化の中で、どれが進展の初期から変化している重要な特異的変化で、どれがchromosomal instabilityを反映したランダムな変化なのかが問題である。この点を、多くの腫瘍の解析結果からではなく、個々の腫瘍において評価することは、腫瘍の個別性に基づく治療に不可欠と考えられるが、その方法論がまだ十分確立していない。私たちは、個々の腫瘍内の多数箇所からLaser Capture Microdissection (LCM) によってサンプリングした組織からDNAを抽出し、全ゲノム増幅、CGHやマイクロアレイ解析を用いて、ゲノムDNAのコピー数の変化を網羅的に検出し、それらを時間軸の上に並べ、サンプルの組織形態情報と照合することにより、個々の腫瘍に固有のプロセスとして、ゲノム変化の全体を評価しようとしている。講義では、DNA ploidy解析、LCM、DNA抽出、DOP-PCRによる全ゲノム増幅、CGH、マイクロアレイ解析、FISHによる確認、およびゲノム変化のtemporal analysisの各ステップについて、具体的な方法と注意点を述べる。また、時間が許せば、特定の遺伝子のsilencingにかかわるLOHとメチル化の解析についても言及したい。

6. さいごに
 ゲノムプロジェクトが一定の成果を挙げ、ポストゲノム時代に入った。それは「辞書」作りのための情報採掘のフロンティアがゲノムから蛋白などの機能分子に移ることを意味しているだけでなく、ゲノムプロジェクトで得られた膨大なゲノム情報の「辞書」をいかに疾患の制御に応用するかが問われる時代になって来たと言える。ここで紹介したマイクロアレイ解析は、ゲノムプロジェクトの成果を土台にしたポストゲノム時代ならではの、疾患の病態を決める遺伝子同定のための網羅的アプローチであり、今後、多くの病態の解析に応用されるであろう。昨年度より、ゲノムマイクロアレイ解析装置、cDNAマイクロアレイ解析装置のいずれもが、本学の実験センターでも利用出来るようになっているので、ぜひ活用していただきたい。

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Last Updated 2005/6/22