TOPページに戻るサイト内を検索するサイトマップリンク
機器部門RI部門配置図セミナー産学連携学内向け
過去のセミナー支援センターセミナー支援センター特別講習会支援センターテクニカルセミナー支援センター交流会

プロテオミクス研究法
〜質量分析計によるタンパク質同定から機能解析へのアプローチ〜


礒野 高敬(実験実習機器センター)

 昨年、田中耕一氏がノーベル化学賞を受賞して日本中が沸き立った。この受賞の科学的意義は、ポストゲノム時代において、質量分析計によってタンパク質同定を同定するというプロテオミクス研究法が、当たり前の方法となったということである。この新しいタンパク質研究法は、質量分析計を用いて興味あるタンパク質をゲノムデーターベースから見つけ出し同定し、更に、その遺伝子情報に基づいてこのタンパク質を人工的に発現してその機能を解析するという方法をとる。演者が実際に行っている実施例を紹介しながら、このプロテオミクス研究法の基本的な手法を解説する。

1.プロテオミクス研究法とは
 プロテオミクスは、一般的には、細胞内の全遺伝子を意味するゲノムに対して、細胞内の全タンパクを示す言葉として作られたプロテオームを解析する技術と考えられている。細胞内で働くタンパク質は、遺伝情報に基づいて転写翻訳された後、糖鎖の付加や切断などの修飾を受けてから実際に機能する。この実際に機能しているタンパク質の全体像をつかもうというのが、プロテオーム解析であり、遺伝子レベルでは得られない成果が期待できる。しかし、プロテオーム解析・プロテオミクスは、従来の個別のタンパク質を扱うタンパク化学と考え方・手法が異なり、ゲノム情報を基礎にして系統的にかつ網羅的に微量なタンパク質を扱う技術、方法論である。したがって、プロテオミクスは分子生物学・細胞生物学の流れを汲む方法と考えた方が良い。それゆえ、我々は、プロテオミクスを分子生物学・細胞生物学の研究の一つの方法と考え、質量分析計を用いて、広く一群のタンパク質集団を網羅的系統的に解析する方法として用いている。それゆえ、プロテオミクス研究法は、単に質量分析計によるタンパク質同定が最終目的ではなく、その同定結果を機能解析へ持って行く手法まで広く含んだ研究法と考えている。そして、その機能解析の方法も、ゲノム情報を基にしている。以下、質量分析計によるタンパク質同定法とタンパク質同定からの機能解析法について解説する。

2.質量分析計によるタンパク質同定法
 プロテオーム解析は、二次元電気泳動法により、細胞内の全タンパクを展開し、各スポットを切り取り、トリプシン等のプロテアーゼを用いてゲル内でタンパク質の消化を行い、消化されたペプチド断片の分子量を、飛行時間型質量分析計(TOF-MS)等で測定し、遺伝子バンクのデータに基づきどの遺伝子の産物かを決定していく方法が一般的である。
 この解析方法を用いて行った実施例として、我々は、膀胱ガン組織のプロテオーム解析を行った。膀胱ガン組織と正常膀胱組織とのプロテオームマップのデファレンシャルディスプレイを行って、膀胱ガン組織特異的に発現している10種類のタンパク質を同定した。この10種類のタンパク質を膀胱ガンの腫瘍マーカー候補として解析している。そのひとつカルレティキュリンが、膀胱ガンにおける尿中診断マーカーとして臨床応用可能であることを明らかにした。この解析を通じて解った技術的注意点は以下の通りである。
(1)一次元目の等電点電気泳動に用いるIPGゲルを、pHレンジを1pHユニットにしたゲルを用いることで、タンパク質の分離が向上してデファレンシャルディスプレイを行ううえで有効であった。また、一度の泳動で流せるタンパク質量をmgレベルまで上げることができて、同定したいスポット中のタンパク質の質量分析計による同定が容易になった。
(2)分子量が100kdを越えるようなタンパク質は、IPGゲル中に入りにくく排除され、ほとんど検出されなかった。また、塩基性のタンパク質も分離が悪くデファレンシャルディスプレイを行い難かった。このように、二次元電気泳動法には限界がある。この限界を乗り越えてより網羅的に解析したい場合は、SDS-PAGEとLC-MS/MSを組み合わせた方法等を使わなければならない。
(3)二次元電気泳動法では、細胞あたりの発現量の大きいタンパク質が、優先的にスポットとして現れてくるので、発現量の少ないタンパク質の検出は難しかった。例えば癌化のような現象の結果として現れてくるタンパク質は、検出されやすく腫瘍マーカーなどの探索には向いているが、現象の原因を引き起こすタンパク質は、微量で検出されにくく、二次元電気泳動に持っていく前に選択的に濃縮する前処理が必要である。

 質量分析計によるタンパク質同定法は、プロテオーム解析のみならず、対象タンパク質と相互作用するタンパク質の検索にも利用できる。このような相互作用するタンパク質の検索にこれまで主としてtwo-hybrid法が用いられてきたが、この方法は非特異反応が多く目的以外のタンパク質が取れてきて後の機能解析にどれから始めていくか検討が必要になる。それに対して、近年、対象タンパク質に対して特異抗体を用いた免疫沈降法を行い、共沈してくるタンパク質を質量分析計によって同定する方法がより目的とするタンパク質を特異的に効率良く検出する方法として用いられるようになってきている。
 このようなアプローチによる解析方法の実施例として、我々は、癌抑制遺伝子RB1CC1やdrsと相互作用するタンパク質の検索を行い、いくつかのタンパク質を同定した。現在、対象癌抑制遺伝子タンパク質と同定されたタンパク質との相互作用の解析及び機能解析を進めている。免疫沈降法で共沈させたタンパク質は、SDS-PAGEだけの一次元で解析したが、この場合、TOF-MS解析法では、興味あるタンパク質の同定が十分にできなかった。TOF-MS解析法では、一種類のタンパク質のペプチド断片のパターンを解析してタンパク質を同定するペプチドマスフィンガープリント法が用いられるが、同定できなかった試料は、興味あるタンパク質と他のタンパク質との分離が二次元電気泳動法ほど良くなく、複数のタンパク質由来のシグナルを検出してしまい同定が難くなったためと考えられた。このような試料をLC-MS/MS解析法を用い解析したところ複数のタンパク質が同定でき、興味あるタンパク質を見つけることができた。LC-MS/MS解析法を用いる決定法は、複数のタンパク質由来のペプチドシグナルを更に断片化してアミノ酸配列まで調べることができるので、2つ以上のタンパク質を含んだ試料でもタンパク質を同定できる。また、LC-MS/MS解析法の方が、アミノ酸配列まで調べることができるので、TOF-MS解析法より信頼性が高いので、自信を持って機能解析に進むことができる。

 最後に一般的な注意点としては、細胞抽出液の調製において、可溶化等の方法によって後の解析のタンパク質のパターンが変わるので、どのような調整法をとるか検討する必要がある。また、質量分析計によるタンパク質同定法にあたっては、いたずらに微量なものに対する解析のテクニックの向上を目指すより、量を稼ぐことを考える方が近道である。

3.タンパク質同定から機能解析へのアプローチ
 始めに述べたように、我々の研究目的の多くはタンパク質の同定だけではなく、同定されたタンパク質の機能解析である。同定されたタンパク質から、どのように機能解析にアプローチすればよいかを我々の実施例を基に以下に述べる。
 興味あるスポットのタンパク質が同定されれば、そのタンパク質の遺伝子(cDNA)を入手し、発現ベクターを作製することと、そのタンパク質に対する抗体を入手することがポイントである。この二つは、同定されたタンパク質が真に目的のタンパク質であるかを証明するためにも、そのタンパク質が細胞内でどのように働いているかを調べるためにも必須のものである。
(1)目的タンパク質の遺伝子のcDNAは、遺伝情報を基にしてPCRを用いてクローニングすることができる。目的のタンパク質をコードする遺伝子の全長が1kb以下の場合はこの方法で簡単にできる。我々は、クローニング後、抗体作製用のGST融合タンパク質発現プラスミド、動物細胞発現用の発現プラスミド、ウイルスベクターの三種類を作製した。更に、FLAGタグ付き発現プラスミドも作製した。これに必要に応じてミュータントを作れば一応の仕事はできるであろう。しかし、3kb以上の場合は、PCRによる塩基置換のエラーのないクローンをとるのには苦労する。この場合、最近、既知、未知を問わず、ほとんどのcDNAは、既にクローニングされたプラスミドとして市販されているので、カタログにあれば購入した方が余計な時間を費やさず、結果的にコストパフォーマンスが良くなる。高額ではあるが、CMVのプローモーター下にクローニングされた発現ベクターも市販されている。
(2)既存のタンパク質が同定された場合、抗体は、既に市販されているものが多いので、抗体のカタログから選び使用する。我々は、カルレティキュリンを同定した後、一つの抗体を購入してカルレティキュリンには2つの分子種が存在し、その内の一方だけが膀胱ガン組織に有意に存在することを見出した。更に、この抗体の他に市販されている抗体を買い揃えたところ、この膀胱ガン組織特異的な分子種としか反応しない抗体を見出した。また、この抗体は、尿中のカルレティキュリンをも非特異反応無く検出できる優れ物であった。このように、市販の抗体は、種類も多く特異性も異なることが多いので、取捨選択が重要である。
(3)hypothetical protein または unnamed proteinが同定された場合、抗体はないので自分で作ることになる。我々は、対象のタンパク質の遺伝情報に基づいてGST融合タンパク質を作製し、それを免疫原として抗体を作製した。その他、ペプチド抗体作製などの選択肢もある。作製した抗体は、本当に目的のタンパク質を特異的に認識できているかどうかを、GST等のタグ付きリコンビナトタンパク質あるいはFLAG等のタグを付けたcDNAを発現した細胞またはその抽出液でタグの抗体と挙動が一致するかどうかを確かめる必要がある。作製した抗体がどこまで有効かを見極めないと誤った方向に進む危険性があるので注意する必要がある。
(4)以上の準備をして、質量分析計によって同定したタンパク質の機能解析をそのタンパク質に応じて行わなければならない。さらに、RNAiやKOマウスなどで、選択的機能阻害した場合の実験も行う必要がある。

 ここで紹介したプロテオミクス研究法は、進展著しい分子生物学・細胞生物学の研究で求められる研究レベルが高くなっている中で、研究の重要なアプローチ法として、突破口を開くことになるであろうと確信している。

前へ 先頭へ
Copyright (C) Central Research Laboratory. All right reserved.since 1996/2/1

Last Updated 2005/6/22