法医学講座 山本 好男
微量のタンパク質を迅速に精製するシステムである中高圧液体クロマトグラフィーには、FPLC(fast protein liquid chromatography)やSMART Systemならびに高圧液体クロマトグラフィー(HPLC)がある。これらの方法の利点は、
1)分離に要する時間が短い。このためクロマト操作を室温で行うことができる。2)操作が短時間で終わるため、不安定な試料であっても失活を最小限度に抑えて精製することが可能である。分離能が高いため、各タンパク質の溶離ピークがシャープで広がらない。また、3)各タンパク質が効率的に分離され重複が少ないので、溶離されたタンパク質のほぼ全量を少数に分画中に高濃度で集めることができる。さらに、4)イオン交換クロマトグラフィー、ゲル濾過クロマトグラフィー、アフィニティクロマトグラフィー、逆相クロマトグラフィーなどの種々のクロマトグラフィーが可能である。などの点が挙げられ、中高圧液体クロマトグラフィーがタンパク質精製の場において有効な手段として多用されている。
ここでは中圧液体クロマトグラフィーであるFPLCの使用法について述べる。
1.システム
図1にシステムに必要な機械とシステム構成を示す。
ポンプ
水性・有機溶媒両方に使用できる高性能ポンプPharmacia LKB Pump P-500が設置されており、正確で一定した液流を確保している。
コントローラー
ポンプの流速、展開溶媒の混合比、フラクションコレクター、モーター駆動バルブなどを制御する装置でLiquid chromatography controller LCC-500が設置されている(図2:コントロール キー)。
サンプルインジェクターおよび注入バルブ(図3)
サンプル容量の多少により、注入できる液量を調節するために、注入容量の異なるサンプルループが用意されている(0.1、0.2、1、2mlおよびスーパーループ10ml)。
試料注入バルブは、Motor Valve MV-7が用いられており、 controller LCC-500により制御され、試料の自動注入が可能になっている。
検出器
クロマトグラフィーにおいて、タンパク質、ポリペプチド、核酸などの各種物質の検出に使用される。各溶出画分の純度検定は、最終的に電気泳動などにより行うので、タンパク質の精製では280nmで測定するのが一般的である。本システムにはPharmacia LKB Control Unit UV-1 およびSingle Path Monitor UV-1 optical unitが設置されており、254nm、280nmおよび405nmでの測定が可能である。
レコーダー
検出器からの信号を表示(記録)する装置で、タンパク質の溶出パターンと同時に展開溶媒の混合比を表示できる2ペン式のもの(Pharmacia REC-100)が用意されている。
ミキサー
ポンプから送液された2種類の展開溶媒を混合し、カラムに送る装置。
フラクションコレクター
カラムから溶出されたタンパク質を、あらかじめ設定した時間間隔あるいは滴数毎に試験管などに捕集する装置で、Fraction collector FRAC-100が設置されている付属の標準ラックは、径10-18mm、高さ50-180mmのチュ ーブが95本セットできる。チューブは、対溶媒性、対冷温度や吸着性を考慮して選択する。
カラム
目的とするタンパク質の単離にはいくつかの種類のカラムが必要となるが、カラムの担体の種類により、溶離条件や展開溶媒の種類が制限されたり、タンパク質の非特異的な吸着が大きく回収率が悪くなったりすることがある。
各種クロマトグラフィーに用いられるカラムについては後述する。
2.操作
2.1展開溶媒の調整と脱気
展開溶媒の適正な調整は、カラムを劣化させないためとクロマトグラフィーを成功させるための重要な事項の一つである。
2.2展開溶媒の調整
水系溶媒の調整は、特級試薬を超純水を用いて調整し、ニトロセルロース製のフィルターで濾過する。有機系溶媒の調整は、特級あるいはHPLC用の有機溶媒を用い、有機溶媒系のフィルターで濾過する。
2.3展開溶媒の脱気
クロマトグラフィー中にライン内での発泡を防止するため、用いる展開溶媒の脱気が必要である。脱気には、脱気装置による脱気、超音波洗浄装置による脱気、真空ポンプを用いた脱気などがある。簡単にできる脱気は、吸引ポンプに接続しているデシケーターに、蓋の開いたガラス容器にいれた溶媒をおいて吸引し、大きな気泡の発泡がなくなるまで数分間減圧する。この方法は特に水系溶媒で有効である。
2.4システム(ライン)の洗浄
前回使用した溶媒系が明確でない場合、あるいは今から使おうとする溶媒系とは異なる場合には、システムの全配管を洗浄する。
2.5カラムの取り付け・洗浄と平衡化
2.5.1カラムの取り付け
新品のカラムや長期間使用せずに保存していたカラムは使用に先立ち脱気済みの超純水で洗浄する。洗浄・平衡化に要する時間は、
カラムの種類と容量によるが、1〜2時間程度を予定しておく。
2.5.2カラムを取り付けるための溶媒の選択
取り付けるカラム内の溶液が、これから行おうとするクロマトグラフィーと異なる場合は、ラインおよびカラム内の洗浄をかねて
超純水を流しながら用いてカラムを取り付ける。とくに保存中のカラムにアルコール類が用いられている場合は、塩類を含む水溶液を
用いてカラムを取り付けると、カラム内で塩が析出し、カラムが破壊されることがあるので注意を要する。
2.5.3カラムを取り付ける際の向きの確認
カラムには溶媒の流れる向きが決まっているものが多く、誤って溶媒を逆向きに流すと劣化の原因となる。カラムの本体あるいは付属のマニュアルに流す向きが示されているのでその指示通り流れるように取り付ける。
2.5.4ポンプのスタートと流速の設定
溶媒を流しながらカラムを取り付けた方がカラム内に気泡が入りにくいので、流速を0.2〜0.4ml/min程度に設定し超純水を流しながら取り付ける。
2.5.5カラムの取り付け
カラムの出口側についている栓を少し緩めておき、流入側の栓をはずす。
カラムの流入側についている気泡を除去しながら超純水を滴下し、気泡が入らないように接続する。次いでカラムの流出側から溶媒が滴下することを確かめ、栓をはずして検出器につながっているチューブと接続する。
2.5.6カラムの洗浄と平衡化
カラムのベッドボリュームの約10倍程度の超純水を流した後に実験に使用する溶媒に取り替え、同じくカラムのベッドボリュームの10倍以上流して、カラムの平衡化処理を行う。
ここまでの液体クロマトグラフィーの操作は以下の通りである。
(1)まずポンプAB内のbuffer交換のためのプログラム
プログラム8
METHOD 8 | |||
0.0 | VALVE.POS | 1.3 | (バルブをWASHに) |
0.1 | WASH A.B | 1.1 | (ポンプAもBも動け) |
0.1 | VALVE.POS | 1.1 | (バルブをROADへ) |
METHOD 9 | |||
0.0 | CONC %B | 0.0 | (B液の送液%) |
0.0 | ML/MIN | 0.40 | (送液量) |
0.0 | CM/MIN | 0.20 | (チャートスピード) |
0.0 | LOOP TMS | 3 | (繰り返し回数設定) |
5.0 | CONC %B | 0.0 | |
5.0 | CONC %B | 100 | (B液100%、A液0%) |
10.0 | CONC %B | 100 | |
10.0 | CONC %B | 0.0 | |
10.0 | END OF LOOP | (繰り返し停止) | |
30.0 | CONC %B | 0.0 | (洗浄後、30.0分間A液のみを流す) |
2.6溶出プログラムの設定・変更
カラムからの溶出は、平衡化バッファーと同一の溶媒で行うアイソクラテックと、異なる溶媒を混合して溶出するグラジエントとでは、プログラムが 異なる。アイソクラテックは、溶媒の組成を変えずにカラムからタンパク質を溶出するクロマトグラフィーに使用され、主にゲル濾過クロマトグラフィーに用いられる。一方、グラジエントによる溶出は、溶媒の組成を変えてタンパク質を溶出させる方法で、ゲル濾過以外のほとんどのクロマトグラフィーに使用される。
2.7溶出プログラムの入力
基本はクロマトグラフィーの条件を変更しようとする各時間毎に、流速や溶媒の混合比の値を入力する。
2.8グラジエントプログラムの設定
グラジエントの全溶出容積は、カラムベッド容積の10倍程度とする。流速は、カラムの許容最大流速を参考にして、その50から80%程度で行うと再現性の高い結果が得られる。また、全溶出時間の目安は、1時間程度とする。グラジエントの作成には、リニアグラジエントと段階的に溶出するステップワイズなプログラムがある。グラジエントフォームを作成し、必要な条件をプログラムする(図4)。
2.8.1クロマトの条件をプログラムするにはコントローラーを操作する。
*クロマトグラフィー条件プログラムの一例(2回アプライ)
METHOD 6 | |||
0.0 | CONC %B | 0.0 | (B液の送液%) |
0.0 | ML/MIN | 0.40 | (送液量) |
0.0 | CM/MIN | 0.50 | (チャートスピード) |
0.0 | PORT.SET | 6.1 | (フラコレON,OFFは6.0) |
0.0 | VALVE.POS | 1.2 | (バルブ位置をインジェクト) |
0.0 | MONITOR | 1 | (モニター設定、1使用) |
0.0 | MIN/MARK | 3.7 | (モニター間隔) |
5.0 | VALVE.POS | 1.1 | (バルブ位置をロード) |
6.0 | VALVE.POS | 1.2 | |
11.0 | VALVE.POS | 1.1 | |
40.0 | CONC %B | 0.0 | (B液の送液0%) |
100.0 | CONC %B | 50 | (B液の送液50%) |
100.0 | CONC %B | 100 | (B液100%、A液0%) |
115.0 | CONC %B | 100 | |
115.0 | CONC %B | 0.0 | |
115.0 | PORT.SET | 6.0 | (フラコレOFF) |
145.0 | CONC %B | 0.0 |
2.8.2プログラムをチェック。(今入力した6番のプログラムをチェックする)
2.9分画量をプログラムする
2.10 UVモニターのレンジを決める
2.11クロマトグラフィー開始
2.12プログラムがいっぱいの場合
2.13サンプルの調整
操作前の注意点
サンプルに不溶性物質が含まれたままインジェクトすると、カラムの劣化を引き起こす。サンプルをクロマトグラフィー用溶媒で透析し、遠心分離し不純物を除去するかあるいはフィルターを用いて除去しておく。
2.14サンプルの注入と溶出
調整したサンプルは、サンプルループに泡が入らないように注意して注入する。
2.15サンプルループの切り替え
バルブの切り替え位置をロードの方にしてからサンプルをサンプルループに注入し、インジェクトに切り替えてサンプルループ内にあるサンプルをカラムに送り込む。少なくともサンプルループの容積の2倍の溶液が流れるまでインジェクトの位置にしておく。その後はロードに戻す。
2.16サンプルの溶出
カラムの溶出の前に、カラムベッドの5倍以上の溶媒で洗浄すると、特異性の低いタンパク質やカラムと非常に弱くしか相互作用しないタンパク質は先に流出し、再現性の高い溶出パターンが得られる。
2.17ピークの分画と捕集
2.17.1分画の準備
溶出プログラムを開始する前に、フラクションコレクターの設定、チューブのセットや溶媒量などの確認が必要である。
2.17.2各ピークの解析
分画したタンパク質は、吸光度法や電気泳動などにより分析、同定する。
2.18カラムの洗浄・再平衡化
同一条件で再度クロマトグラフィーを繰り返す場合は、カラムベッドの5倍量程度の平衡化溶媒を流して再平衡化する。カラム圧が低下しない場合や吸光度が下がらない場合は洗浄操作を繰り返す。
2.19カラムを保存溶液に置換
カラムを長期間使用しないときは、充分量の超純水で洗浄した後、保存中のカラムが劣化せず、微生物が増殖しないような溶媒に置き換えておく。一般的には20%エタノールが用いられている。
2.20カラムの取り外し
長期間使用しないときは、カラム中の溶媒を保存用の溶媒に置換してから取り外し、カラムの両端を閉じておく。
2.21システム(ライン)の洗浄
長期間クロマトグラフィーを行わないような場合は、ライン内での塩の析 出や腐蝕を防止するためにシステム(ライン)を超純水でよく洗浄しておく。
2.22廃液の処理・後かたづけ
カラムの保存は、カラム内での気泡の発生をさけるために室温に保存する。そのためには室温でも微生物が増殖しないような保存溶媒に置換しておく。廃液の処理、廃棄物の処理は学内で定められた方法に準じて処理する。
3.イオン交換クロマトグラフィー
イオン交換クロマトグラフィーは、荷電状態の違いによってサンプルを分離する方法である。チャージした官能基が導入された担体がカラムにパッキングされ、逆チャージをもったサンプルを吸着する。チャージをもったサンプルが逆チャージをもつイオン交換体カラムに添加されると、サンプルはカウンターイオンと競合し、ノンチャージおよび同チャージ物質はそのまま溶出し、カウンターイオンよりチャージの大きい物質はマトリックスに吸着される。吸着された物質は、一般に塩濃度またはpHのグラジエントで溶出し、回収される。吸着と精製は、チャージの異なる不要物質から回収したい化合物が逆チャージをもつマトリックスに保留され、干渉するカウンターイオンが保持されると、カラムから溶出され、チャージしている化合物は、同チャーのマトリックス上で精製される。
1)陰イオン交換体
Mono Q HR 5/5 | ベッド体積:1ml |
最大試料添加量:25mg | |
pH安定性:2-12 |
Mono S HR 5/5 | ベッド体積:1ml |
最大試料添加量:25mg | |
pH安定性:2-12 |
4.ゲル濾過クロマトグラフィー
溶質がクロマトグラフィーベッドを通り抜ける際の動きは、移動相の大きな流れと固定相へのあるいは固定相からの拡散を引き起こす溶質自身のブラウン運動とに依存している。ゲル濾過法では、様々な試料分子を固定相の網目に入り込む程度の違いによって分離する。固定相の網目に入らない大きな分子は最も早くクロマトグラフィーベッドを通り抜ける。ゲルの網目に入れる小さな分子は溶出してくるまでの時間のいくらかを固定相で過ごすため、時間をかけてカラムの中を移動する。その結果、分子は大きいものから順に溶出される。
1)M.W.:5,000〜5,000,000
Superose 6 HR 10/30 | ベッド体積:24ml | 推薦流速:0.5ml/min |
試料添加量:5-10mg(0.2ml) | ||
pH安定性:1-14 |
Superose 12 HR 10/30 | ベッド体積:24ml | 推薦流速:0.5ml/min |
試料添加量:5-10mg(0.2ml) | ||
pH安定性:1-14 |
Superdex 75 HR 10/30 | ベッド体積:24ml | 推薦流速:〜1.0ml/min |
試料添加量:〜0.25ml | ||
pH安定性:3-12 |
5.アフィニティクロマトグラフィー
タンパク質は何らかの物質と特異的な相互作用をすることによって生理的な役割を果たしている。アフィニティークロマトグラフィーはこのようなタンパク質と特定の物質(リガンド)との相互作用(親和性)を利用した吸着クロマトグラフィーである。このクロマトグラフィーは、他のクロマトグラフィーに比べて高い精製効率と回収率を持ち、かつ一度に大量の試料を処理することができる。HiTrap Protein A、HiTrap Protein G、HiTrap Heparinなどのカラムがあり、シリンジで送液できるほかポンプ、システムで使用可能である。
6.逆相クロマトグラフィー
タンパク質の精製に当たって、目的とするタンパク質の性質が変性してしまっても良い場合に簡便かつ効果的な分離が期待できるクロマトグラフィーである。逆相クロマトグラフィー用担体では高密度の疎水性官能基を結合させてあり、タンパク質はこの疎水表面に結合するため、疎水性の高いタンパク質ほどカラムによく保持され、溶出時間が遅くなる。
1)M.W.:<6,000、ペプチド
PepRPC HR 5/5 | ベッド体積:1.0ml | 推薦流速:1.0ml/min |
試料添加量:0.1mg | ||
pH安定性:2-8 |
ProRPC HR 5/2 | ベッド体積:0.4ml | 推薦流速:0.4ml/min |
試料添加量:0.1mg | ||
pH安定性:2-8 |
7.疎水性クロマトグラフィー
生体分子表面の疎水性の違いに基づいて分離精製をする方法で、逆相クロマトグラフィーとは異なり、ゲル担体に導入された疎水性リガンドの密度は低く、精製は生体分子の生体活性を維持した穏和な条件で行うことができる。
1)通常試料
Phenyl Superose HR 5/5 | ベッド体積:1ml | 推薦流速:0.5ml/min |
試料添加量:〜10mg | ||
pH安定性:2-13 |
Alkyl Superose HR 5/5 | ベッド体積:1ml | 推薦流速:0.5ml/min |
試料添加量:〜10mg | ||
pH安定性:2-13 |
*図は、当日配布の資料をご参照下さい。
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Last Updated 2005/6/22