解剖学第二講座 山田 久夫
I 顕微鏡用の組織標本作成に関する一般的事項
顕微鏡組織標本は通常、つぎのような手順で作成される。
(1)組織摘出 (2)固定 (3)脱水・包埋 (4)薄切 (5)貼付 (6)染色
(7)脱水・透徹・封入 (8)観察
1 組織摘出 taking out the tissue block
目的臓器の目的箇所を切り出す。極力小さい組織片として切り出した方が、一定した良好な結果が得られる。
2 固定 fixation
組織・細胞を生活状態にあるままで観察できればそれに勝ることはない。 しかし、摘出された組織はただちに死後変化を開始する。 固定の目的はこの変化を停止させ、一定の構成成分を凝固・沈澱させる(すなわち固定のおもな目的はタンパク質の変性である)とともに、一部の物質を溶出させることにより、組織細胞学的検索に適した状態に整えることにある。 さらに組織化学では、検出系に用いる活性を保存したまま、目的物質を細胞内に固定させる必要がある。 そこで、染色法に応じて固定液を使い分ける必要がある。
2-1 固定の方法とチャンス
2-2 固定剤の種類
2-3 ホルマリンとホルムアルデヒド
2-4 よく使われる固定液
上記の固定剤は単独で使用される場合もあるが、数種のものを混和することにより、各々の長所を利用した固定液として使用することが多い。
2-5 固定液の性状
3 脱水 dehydration・包埋 embedding
薄切に際し、組織片のままでは、組織の柔軟性・硬度のばらつきや空所・間隙の存在等のため均等な厚さの薄い切片を得ることが不可能である。そのため適当な硬度を有した包埋剤を組織に浸透させ、固化・支持してやる。
なお、組織化学や脂肪染色など固定または脱水操作を避けたい場合、未固定または固定試料を凍結・固化し、包埋することなく薄切する(凍結薄切法)。
ビブラトームやマイクロスライサーについても、包埋することなく薄切する。
☆パラフィンなど疎水性の包埋剤を用いる場合は、脱水の過程が必要となる。
(脱水剤)
エタノール、ブタノール、アセトン
50%、70%、80%、90%、100%と順次脱水剤の濃度をあげていくことにより、急激な組織の収縮を防ぎながら脱水していく。
(仲介剤)
主としてパラフィン包埋時に、アルコール等の脱水剤とパラフィンの相方に親和性のあるものを用いる。
キシレン、ベンゼン、トルエン、安息香酸メチル、酢酸イソアミル
(包埋剤)
パラフィン(常用)
セロイジン(大型組織、硬組織、厚い切片)
カーボワックス(薄い切片、親水性)
寒天やゼラチン(特殊な凍結薄切用)
エポンその他の合成樹脂(超薄切片または準超薄切片)
OCT-compound(一種の包埋剤、凍結薄切用)
4 薄切 sectioning
一般透過型顕微鏡観察に際して、光線または電子線を透過し、なおかつ組織の重積による像の煩雑さを解消するために、試料は極力薄い切片とされなければならない。(薄切の方法と切片の厚さ)
一般ミクロトーム・パラフィン包埋 (一般用)4〜10μm
一般ミクロトーム・セロイジン包埋 20〜100μm
一般ミクロトーム・凍結試料 20〜100μm
クリオスタット・凍結試料 2〜20μm
クリオスタット・凍結試料(浮遊切片用)* 15〜数十μm
ビブラトームまたはマイクロスライサー・非包埋* 10〜1000μm
特殊ミクロトーム・樹脂包埋 (準超薄切片用) 1〜2μm
ウルトラミクロトーム・樹脂包埋 (電顕用超薄切片用) 50〜70nm
*「浮遊切片」で染色操作をするためのもの。
★凍結試料は固定後でも未固定でもかまわない。
※網膜や腸間膜を染色(特に組織化学)する場合、薄切することなくそのまま「浮遊」法で行い、それをwhole-mount preparation(全載標本または伸展標本)とすることができる。
5 貼付
多くの場合薄切後すぐ、浮遊切片法の場合染色操作が終了してから、切片をスライドグラスに貼りつける。切片はよく伸展させる。
薄い切片では接着剤は不要だが、多くの場合次の接着剤をあらかじめスライドグラスにコーティングしておく。
卵白グリセリン、 ゼラチン、 リジン、 シラン など
6 染色 staining (組織化学的染色法は別項で述べる)
光線顕微鏡用標本に用いる染色液の大部分は水溶性である。そこで、染色に先立って疎水性の包埋剤(パラフィンなど)を除去しなくてはならない。(パラフィンの場合の操作としては、キシレンでパラフィンを溶かし、アルコールでキシレンを除去し、水洗することにより親水化する)
6-1 色素について
色素を水溶液とした場合、その有する基により、負または正に荷電する。その荷電状態により酸および塩基性色素に分ける。負が酸性、正が塩基性。
酸性色素 | : | 細胞質の染色に適す。 OH, COOH, NO2, SO2OH等の基を有する。 エオジン、ライト緑、オ−ランチア、酸性フクシン |
塩基性色素 | : | 核、粘膜、神経要素、特殊分泌顆粒の染色に用いる。 NH2, NHCH3, N(CH3)2, NH等の基を有する。 ヘマトキリン、メチレン青、トルイジン青、アニリン青、チオニン、塩基性フクシン、メチル緑 |
直接染料であるトリパン青、油溶性色素のsudan系などは、上記のいずれにも属さない。 |
6-2 一般染色法の例
7 脱水 dehydration・透徹 clearing・封入 mounting, covering
封入剤の多くは、水になじまない油溶性である。そこで、包埋の項で述べたと同様の手順で、アルコ−ルにより切片中の水分を除去するとともにキシレンで切片を透明にする。さらに、封入剤を用い切片の透明度を保ち乾燥を防ぎ、カバ−グラスで覆う。
疎水性封入剤
ツエダックス、オイキット、エンテラン(すべて合成樹脂)
Merck社製の "Entellan new" を奬める。
水溶性の封入剤
脂肪染色や組織化学などで、脱水・透徹ができない場合に使用。永久標本にはならない。
グリセリン、グリセリン・ゼリ−、ゴムシロップ
Merck社製の "Aquatex" を奬める。
II 組織細胞化学的手技
組織標本中で特定の物質の局在を明らかにする方法
1 免疫組織化学
求める物質に対する抗体をあらかじめ作成し、可視化するための標識物質とともに切片に反応させる。 標本作製操作中に抗原性を失活させない、また抗原を露出させるなどの工夫を必要とする。
2 酵素組織化学
組織中の酵素の検出には、その酵素に対する抗体を用いた免疫組織化学法も適用できるが、酵素活性を利用して基質に発色性をもたせた(発色基質という)酵素組織化学を行うことができる。 固定操作中に酵素活性を失活させないようにする。
3 蛍光組織化学
カテコールアミンのように簡単な反応系で蛍光物質に変わるものを蛍光顕微鏡で観察する。 もちろんintracellular dye markerとして投与されたものや、他の組織化学の標識に用いた蛍光物質を観察する場合もこれに含める。
蛍光とは、ある物質に光線があたった時、その波長が長くなる現象であり、その波長差を利用して観察する。 蛍光顕微鏡には落射型のものと透過型のものがある。
4 レクチン組織化学
植物種子から抽出された各種のレクチンタンパク質が、それぞれ特定の糖残基と結合することを利用した、糖のための組織化学法。
5 オートラジオグラフィー
ラジオアイソトープを用いた組織化学法。 ラジオアイソトープをin vivoに投与する場合には、14C-デオキシグルコースをエネルギー源として摂取させfunctional
organizationをトレースする方法、細胞内マーカーとして投与する方法、3H−チミジンや、活性物質とその前駆物質の摂取の有無を追求する方法がある。 in vitroの場合としては、切片にたいして反応させ、アイソトープ標識の生理活性物質のリセプターとの結合を調べるほか、他の組織化学法の標識物質として用いることもある。
いずれにしても、暗条件下で写真用感光乳剤を切片に塗布し、数日〜数十日後に現像して黒化した銀粒子を観察する。 電顕応用も簡単である。
6 in situ hybridization法
核酸が相補的に結合することを利用した組織化学。 あらかじめ目的とする核酸(DNAやRNA、特にmRNAの場合が多い)に相補的なプローブ(cDNAや合成オリゴヌクレオチド)を準備し、それにアイソトープなどで標識し、切片と反応させておこなう。
7 TUNEL染色
予定された細胞死(アポトーシスまたはプログラム細胞死)におちいると、核内でDNAは断片化される。この断端を利用し、terminal deoxynucleotidyl transferase(TdT)を用いて、nick end labelingをおこない、標識物を検出する方法。
III 機能形態学実験法
純形態学の手法を用いながら、生理活性物質の作用・役割について動的に追究する方法
1 | 臓器摘除 | 脱落機能をみる。 |
2 | 薬物投与 | ホルモンなどとそのアゴニスト・アンタゴンスト、または、合成・代謝促進(阻害)剤等の投与実験 |
3 | 培養法 | 特定の種類の細胞または組織だけを扱う。 |
4 | 移植法 | 付加機能をみる(1の逆)。他個体を利用した一種の培養法。 |
5 | 個体発生や系統発生を追究する。 | |
6 | モデル動物
|
7 | 組織化学法の工夫
|
前へ | 先頭へ |
Last Updated 2005/8/17