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TOF−MSを利用した分子量測定実習


生化学第一講座 石田 哲夫

 1.はじめに
 ペプチド・タンパク質・核酸・糖鎖など生体分子の多くは比較的少数の構成単位が一定の規則で重合してできています。 例えば、ペプチドやタンパク質は20種のL-α-アミノ酸がペプチド結合でつながった分子です。これらの構成単位の分子の 構造は既にほとんどが明らかになっており、当然、それらの正確な分子量も分かっています。そこで、もし生体分子そのままや その種々の断片の分子量を正確に(少なくとも少数点以下ひと桁まで)測定できますと、その構造(配列など)や生体内でうける 様々な修飾反応の解析が非常にやりやすくなります。今回実習します Voyager RP という質量分析システムは、生体分子の 高感度質量分析を比較的容易に行える装置で、研究者が自分で簡単に操作することができます。

 2.基本原理
a.イオン化
 イオンは固有の質量だけでなく電荷を持っています。従って、イオンを電磁場の中に置くとと電荷に比例した力(質量に依存しない) を受け、質量に反比例した加速度で運動します。この運動を利用し、詳細に解析することでイオンの質量(質量電荷数比)を測定するこ とができます。その上、イオンを高感度で検出することは中性の原子・分子を検出するよりはるかに容易です。こういうわけで、原子や 分子の質量分析をするためには、まず、それらをイオンとして気相(高真空の)中に脱離させる必要があります。Voyager では、そ のために、レーザ脱離(Laser Desorption, LD)という方法を利用します。センターの装置には、337 nm の光ビームをパルス出力 (3 nsec パルス) するN2レーザがセットされています。この波長の光を吸収できる分子は、レーザ照射されると光を吸収 して励起され、急速に激しく熱運動するようになり、分子を固相(サンプルスライド上の)に留めている結合力(分子間力)に打ち勝っ て気相中に脱離されます。(赤熱している石を水の入った鍋の中に放り込むと瞬時にもうもうと湯気がたちますが、そのようなイメージ がさほどはずれていないのではないかと思います。)
 実習(実習1)では、フラーレン (C60, Mr 720.00) とα-シアノ- 4 -ヒドロキシけいひ酸 (C10H7NO3, Mr 189.04) をとりあげ、これらをレーザのエネルギーを変えて分析し、 LD法で実際にどのようなイオンが生成してくるのか実験する予定です。
 さて、例えばペプチドやタンパク質はトリプトファン(Trp)やチロシン(Tyr)などにより 337 nm の光を少しは吸収できるか も知れません。しかし、それによって分子全体が固相から脱離できるほどの熱運動エネルギーを得ることはできません。そこで考え出 されたのが、マトリックスを用いるレーザ脱離法 (Matrix-assisted laser desorption ionization, MALDI) です。ここでマトリック スと言うのは、 337 nm のレーザ光を良く吸収し、容易に脱離・イオン化される一連の低分子有機化合物のことです。多量のマトリッ クス分子で試料分子が取り囲まれている状態を考えます。この状態にレーザを照射すると、マトリックス分子は瞬時に励起・加熱され 、これらの激しく運動するマトリックス分子が群れをなして四方八方から試料分子に衝突します。これにより試料分子も激しく熱運動し、 気相中へ脱離します。同時に、この過程で気相中での分子間反応(プロトン移動反応など)によりイオン化します。
 MALDI法が本当にうまくいくのかどうか。実習(実習2)では試料分子としてウシ血清アルブミンをマトリックス分子としてシナ ピン酸をそれぞれ用い、シナピン酸対アルブミンのモル比を 0, 1× 103, 1× 106 と変えて分析し調べてみ る予定です。

b. 質量分析方法
 LDやMALDI法でうまく生成されたイオンをどのように分離・検出するか。Voyager では飛行時間型質量分析法(Time-of-flight mass spectrometry, TOF-MS)と呼ばれる方法を用いています。この原理は、今から簡単に説明しますが、非常に単純です。
 さて、イオンは質量(m)と電荷(Ze, e はプロトンの電荷、Z は電荷数)を持っています。サンプルスライド(この上にサンプルを乾固し、レーザを照射する)とそのすこし前方にあるグリッドとの間に電位差(V0)をかけて、サンプルスライドから脱離してきたイオンを加速します。そうすると、イオンはグリッドの位置まで来たとき、ZeV0 の運動エネルギーを電場から得ています。質量 m のイオンの運動エネルギーは、その速度を v とすると、mv2/2 です。これが電場から得たエネルギーに等しいわけですから、

   mv2/2 = ZeV0

です。これから、加速完了後のイオンの速度が

   v = (2eV0( Z/m ))0.5

であることが分かります。従って、質量が大きいほど遅いことが分かります。
 そこで、加速完了後、イオンに高真空の電磁場の存在しない距離 L の空間(ドリフト空間、Voyager では L = 1.3 m)を自由飛行させてから検出器で検出します。そうすると、質量 m 電荷 Ze のイオンは飛行を開始してから以下の時間後に検出されます。

   t = L/v = (L/ (2eV0)0.5)・(m/Z)0.5

 この到着時間からイオンの m/Z (質量電荷数比)の値が次のように求められます。

   m/Z = (2eV0/L2 ) t2

 このようにイオンの飛行時間を測定することでその質量を知ることができます。

c. Delayed Extraction (DE) 機構など
 分解能や感度を改良するために、Voyager RP では Delayed Extraction の機構やフライトチューブの中央にガイドワイヤー電位をかけるなどいくつかの工夫がなされており、ベストデータを得るためにはこれらを研究者が微調製する必要があります。実習(実習3)では、分子量既知の標準タンパク質と合成ペプチドをもちいて、DE が分解能をいかに大きく改善するか調べてみます。その原理の解説も同時に行います。

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Last Updated 2005/8/9