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動物実験と実験動物学


鳥居 隆三 Ryuzo TORII (動物実験施設・助教授)

動物実験、実験動物

 これから動物実験を行おうとする研究者に対して、その基本となる事項の解説を行う。

1.動物実験と実験動物(animal experimentation and laboratory animals)
 動物実験(animal experimentation)とは、実験動物(laboratory animals)から様々な生物情報を得る一連の手続きをいう。即ち、動物実験とは研究、試験、教育および材料採取のために動物を利用する操作、つまり、科学上の目的に動物を供することをいう。自然科学においては、自然現象を観察、記載し、仮説を立ててその妥当性を検証し、普遍的に成り立つ原則を導き出す一連の作業が研究である。この検証の一過程である動物実験では、動物にある種の人為的処置を加えて反応を観察すること(狭義の動物実験)が通常であるが、生態学や行動学などでは、人為的処置なしに動物を観察する方法もとられるので、事前処置の有無にかかわらず、動物から生物情報を入手する手続きが「動物実験」といえる。またここで用いられる実験動物に関する総合科学(science and technology)が「実験動物学」(laboratory animal science)である。

2.実験動物学の歴史
 近代的な動物実験の幕開けは1865年のC.Bernardによる『実験医学序説』の公刊であるが、現代の実験動物学の誕生は第二次大戦終了後の1950年前後である。その後、1970年代に入り近交系動物やクローズドコロニー動物を一定環境のバリア施設で生産し、使用出来るようになり、1970年代後半から1980年代には、遣伝ならびに微生物モニタリング法が確立し品質の保証も出来るようになった。この頃はまた野生動物やすでに実験動物化された動物からのヒト疾患モデル動物の探索が活発に行われた。1990年代に入り分子生物学や遺伝子工学が急速に発展してきているが、これは実験動物学を大きく変貌させるとともに実験動物を完全に人為的に作成、管理する方向をも示唆するものである。またコンピューターの普及は実験動物と動物実験に関する情報処理やデータ管理に本質的な変革をもたらしつつある。一方、1970年後半から欧米諸国で動物実験反対運動が活発化し、1980年代には社会問題にまで発展したが、その後現在もなお引き続き活発な動きがみられる。

3.動物実験を行う理由
 動物実験を行う理由の一つは、処置しやすく、観察しやすく、解析しやすい出来るだけ単純な実験系を用いて、だれでも、いつでも、どこでも同じ結果を得ること、即ち科学上の要求を満たすことである。第二には、薬物投与量、飼料給餌量、施設飼育面積、飼育作業量など、より安価に行いたいという経済的理由がある。第三の理由として、倫理上の問題がある。即ち生命の危険や苦痛をともなう人体実験を避けるという人道上の要求がある。

4.動物実験の根拠
 生物の反応(R)は、生物種を超えて共適する要素A、生物種(品種,系統)に固有の要素B(種差)、個体差C、環境の影響Dおよぴ実験誤差Eを、「R=(A+B+C)×D+E」として表すことが出来る。地球上に存在している生物は、おそらく共通の祖先から分化したものであるから、すべての生物種あるいはいくつかの生物種に共通した反応があることは当然で、この共通性(要素A)こそ動物実験が成立する所以でもある。問題は、生物種(品種、系統)に固有の反応である要素Bの存在であるが、これがあるからこそヒトとイヌやマウスとの区別があるのであり、これはまた種差の存在が動物実験の限界をも意味している。他の要素C(個体差)は実験動物遺伝学、要素D(環境の影響)は実験動物環境生理学、要素E(実験誤差)は、動物実験技術の主題であり、実験動物学でも重要な部分を占め、人為的統御が可能な部分でもある。

5.適正な動物実験
 科学研究が発展するために重要なことの一つは、研究の自由の確保である。そして研究実施上の大切なことは結果の再現性である。これは言い換えれば「自由な研究を目指すと動物の苦痛などは考慮する必要などなく、精密な再現性を目指すとなると膨大な数の動物が必要である」との考えが存在する。しかし動物は単なる試薬や実験器材ではなく、苦痛を感じ、感情をもつ生き物であることを忘れてはならない。自由という言葉を取り間違えて実験を行おうとすると、実験操作上の困難さを生み出すのみではなく、生理学的な変化を招き、実験結果を大きく左右してしまう。従って研究者には科学性はもちろん動物福祉を考慮した適正な動物実験が求められる。
 では「適正な動物実験」とはどのようなものであろうか。
 まず研究、目的、意義が明確であり、実験操作が科学的で、得られた結果に再現性があり、かつ普遍性に富む実験であることが要求される。これらに加え動物実験には動物福祉への配慮が求められるのである。この配慮とは単に精神的な配慮だけではなく、飼育を含む実験操作上の具体的な手技上の配慮が含まれる。RussellとBurchは、動物実験を行う研究者がなすべき努カとして“3つのR”を唱えた。すなわち研究者は動物を研究に使用するにあたり「動物使用数の削滅(Reduction)、下等な動物への置き換えさらに動物実験以外の他手段への代替(Replacement)、洗練された実験手技の使用と苦痛の軽減(Refinement)を常に念頭に置いて研究をすすめるべきであるというものである。この“3つのR”は実験動物福祉の基本的な考え方であり、これを実現するためにさまざまな方策がとられてきた。近交系動物の作出、SPF動物の作出、実験飼育環境の改善、使用動物種やその数および実験条件の事前の十分な検討などは実験結果の再現性の向上、動物使用数の削減に大きく貢献した。また的確な実験処置法や麻酔法、安楽死法の確立は動物の苦痛の軽減に直接結びつき、動物を使用しない代替法の研究も進められており、これらが進展することにより実験動物福祉が向上することになる。最近、4番目のRとして"Responsibility"が加わりつつある。これは実験のすべてに対して「責任」を問うものであり、生物の保存や保護にまで責任を問おうとするものである。
 現在我が国の動物福祉に関する法律、基準には、「動物の保護及び管理に関する法律(法律第105号)」1973年(昭和48年)および「実験動物の飼養及び保管等に関する基準(総理府告示第6号)」1980年(昭和55年)がある。これらは、動物実験の実施に当たっての動物の取り扱いはあくまで研究者の良識にまかされている。従って研究者には厳しい倫理観の保持が求められ、“適正な動物実験”を常に問い直す自主的な態度が求められている。本学においても「滋賀医科大学動物実験に関する措針]が昭和63年(1988年)に定められている(動物実験施設ホームページ参照)。即ち、動物実験を行う施設の整備と研究者の資質の向上の努カ、これらを認定・審査する自主組織の確立、動物の飼育法や実験法および苦痛の排除法に関する絶えまない改善など、研究者自身による自主的な規制が必要であり、とくに「動物の保護及び管理に関する法律(法律第105号)」は、動物虐待に対する罰則の強化、動物実験の公的機関による査察、実験内容の公開等を内容を盛り込んだ改正がなされようとしていることからも、動物実験を行う者にとっては、さらに進んだ良識が求められるところである。

6.動物実験を計画するに当たって考慮すべきこと
 前記、「滋賀医科大学動物実験に関する指針」に明記されているが、動物実験の範囲を研究目的に必要な最小範囲にとどめ、高い精度と再現性ある実験成績を得るため、適切な実験動物の選択、使用動物数の算出、効果的な実験方法を検討すると同時に動物の選択に当たっては遺伝的並びに微生物学的品質を考慮しなければならない。また動物に与える苦痛を出来る限り軽減する措置を講ずる必要がある。さらに、可能な限りより下等な生物との代替、細胞株の使用、あるいは数学的モデルやコンピューターシミュレーションなど、動物を用いない実験との代替を検討する必要がある。
 可能な限り少ない費用と労力で精度の高い実験成績を得られるよう、研究者は綿密な実験計画を立てる義務がある。


 午後は、「ラット(マウス)の実験手技 −動物のクリーニング法、系統維持法、トランスジェニック動物作製等において必要な、採卵から受精卵移植の技術−」の実習を予定しています。

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Last Updated 2005/8/8