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パッチクランプ法によるイオンチャネル機能の解析


松浦 博 Hiroshi MATSUURA (生理学第二・教授)

イオンチャネル,パッチクランプ法,受容体,
単離細胞,細胞内情報伝達機構

はじめに
 細胞膜に存在するイオンチャネルの活性は,膜電位変化(電位作動性チャネル)や種々のリガンド(リガンド作動性チャネル)によって制御されており,チャネル開閉に伴う微小なイオン電流の消長は細胞内電位や細胞内イオン濃度の変化をきたし,様々な細胞機能(興奮の発生・伝導,収縮,分泌,代謝等)の発現・調節に密接に関わっている.パッチクランプ法 (patch-clamp technique) は,イオンチャネルを通るイオンの流れ(電流シグナル)を記録することによりチャネル蛋白分子の活動をリアルタイムに測定するという画期的な実験方法であり,1976年ドイツのNeherとSakmannによって開発された.1980年以降現在までに極めて多くの細胞系に適用され,様々なイオンチャネルの電気生理学的特性(開閉機構,電気伝導度,整流性)やイオンチャネルによる細胞機能の調節について多くの知見をもたらしてきた.さらには近年の分子生物学的手法によりクローニングされたチャネル遺伝子の機能解析にもさかんに利用されており,パッチクランプ法は細胞生物学の研究にbreak-throughをもたらしたといえる.この貢献により,1991年にNeherとSakmannはノーベル賞を授与された.
 本講義では,パッチクランプ法について概説し,続いてパッチクランプ法を用いて解明された心筋細胞のイオンチャネル機能について解説を行う.

パッチクランプ法
 酵素(コラゲナーゼ,トリプシン等)処理により細胞表面の結合織蛋白をきれいに取り除いた単離細胞に,先端径が1〜4 μm のガラス電極(パッチ電極)を押しあてさらに弱い吸引(-20〜-30 cmH2O)を電極内に加えると,電極と細胞膜との間に高抵抗接着(ギガオームシール)が形成される。このとき,電極壁で隔絶された膜部分(パッチ膜)に存在するイオンチャネルを流れる微小なイオン電流(pA, 10-12A)をパッチクランプアンプにより増幅して測定することができる(cell-attached mode, Hamill, Marty, Neher, Sakmann & Sigworth, 1981).すなわち,チャネル蛋白の開状態と閉状態のコンフォメーション変化に対応した矩形状のチャネル電流を観察することができる.さらに,cell-attached modeからガラス電極を持ち上げると,電極とパッチ膜との接着は極めて強固なため,パッチ膜部分だけを細胞から引き剥がした状態で(excised patch, inside-out mode)チャネル電流記録ができる.この状態では,細胞灌流液は細胞膜内面を灌流することになるため,細胞内物質(蛋白キナーゼ,ATP等)によるイオンチャネル活性の調節について検討することが可能になる.また,cell-attached modeから電極に強い陰圧(-100 cmH2O)を加えてパッチ膜を破ると,細胞膜全体に存在するイオンチャネルを流れる電流の総和を記録することができる(whole-cell mode).また,whole-cell modeでは活動電位,静止膜電位などの細胞内電位の測定も可能である.

心筋細胞のイオンチャネル
 これまでの単離心筋細胞にパッチクランプ法を適用した実験により,心筋細胞には内向き電流成分として,Na+チャネル,T型ならびにL型Ca2+チャネル,過分極誘発性陽イオンチャネル(洞房結節,房室結節,プルキンエ線維に存在)等があり,外向き電流成分として,遅延整流性K+チャネル,内向き整流性K+チャネル,一過性外向きK+チャネル,ムスカリン性K+チャネル(洞房結節,心房筋,房室結節に存在),ATP感受性K+チャネル(細胞内ATP濃度が低下したときに活性化される)等があることが明らかにされた.これらのイオンチャネルの巧妙な組み合わせにより心臓機能(自動能や収縮能)の発現やその自律神経伝達物質(カテコールアミン,アセチルコリン)による調節が招来されている.
1. イオンチャネルと活動電位
 心室筋細胞の活動電位の急速な脱分極相(0相)およびゼロ電位を超えるオーバーシュート相(1相)ではNa+チャネルの活性化が,長いプラトー相(2相)ではL型Ca2+チャネルの活性化が,また,再分極相(3相)の前半では遅延整流性K+チャネルの活性化が,再分極相(3相)の後半ならびにK+の平衡電位付近(約-80 mV)での安定した静止膜電位の形成には内向き整流性K+チャネルが関与している.一方,心臓のペースメーカである洞房結節細胞には心室筋細胞とは異なって内向き整流性K+チャネルが発現していないために,静止膜電位が存在せずに連続した自発性活動電位の発生(自動能)が可能となる.洞房結節細胞の立ち上がりは,拡張期緩徐脱分極(ペースメーカ電位)にひき続いてL型Ca2+チャネルの活性化により生じ,再分極相は遅延整流性K+チャネルが活性化により生じる.
2. 伝達物質によるイオンチャネルの調節と心臓機能
 受容体によるイオンチャネル活性の調節に関わる情報伝達機構についての詳細な検討もパッチクランプ法により可能となり,多くの事実が明らかにされてきている.カテコールアミンによるL型Ca2+チャネルならびに遅延整流性K+チャネルの活性の上昇は,β-アドレナリン性受容体刺激−促進性G蛋白(GS)−adenylate cyclaseの活性化−サイクリックAMP(cAMP)依存性蛋白キナーゼ(protein kinase A)によるチャネル蛋白の燐酸化−チャネルの開口確率の増大,により生じることが明らかにされた.このカテコールアミンによるL型Ca2+チャネル電流の増大作用により,交感神経刺激時の心収縮力の増大や心拍数の増加が招来される.
 一方,迷走神経緊張のよる心臓徐脈は,アセチルコリンにより洞房結節細胞のムスカリン性受容体(M2)が刺激され,ムスカリン性K+チャネルの活性化が起こり自発興奮頻度が低下することによる.また,その細胞内情報伝達機構に関して,1) cell-attached modeの実験で,電極内に加えたアセチルコリンによってはチャネルの活性化がみられたが,bath(細胞灌流液)に加えたアセチルコリンではチャネルを活性化がみられなかったこと,2) inside-out modeの実験でチャネルの活性化にGTPが必要であること,3) 抑制性G蛋白(Gi)の機能をADP-リボシル化により阻害する百日咳毒素処理により,アセチルコリンによるチャネルの活性化は消失すること,が示され,ムスカリン性受容体によるムスカリン性K+チャネルの活性化には,細胞内二次伝達物質は関与せずに,細胞膜内でムスカリン性受容体−GK(抑制性G蛋白の一種)−ムスカリン性K+チャネルが連関していることが明らかにされた(Kurachi, Nakajima & Sugimoto, 1986).

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Last Updated 2005/8/8