クリオスタットによる薄切標本の作製法
分子神経生物学研究センター
相見良成、遠山育夫
「はじめに」
顕微鏡下での組織片の観察では、実体顕微鏡下での低倍率での観察や走査電顕による表面の凹凸の観察などの特殊な例をのぞき、組織を薄い膜状に切り取り、充分な光を透過させることが重要である。これは透過型電顕でも同様であり充分な透過電子線を得るために適切な薄切が必要となる。組織の薄切はいずれの場合もいわゆるナイフで行うが、そのためには組織に適当な硬度が要求される。硬化の方法は二つに大別される。ひとつはパラフィンやエポンなどの支持物質を組織にしみこませて支持物質を硬化させる、いわゆる包埋という方法であり、もう一方は組織を凍らせることにより硬化させる凍結法である。包埋法、凍結法のそれぞれに互いを補い合うように利点、欠点があり、染色法や染色対象にあわせて適切な方法を選択する必要がある。本講習では、凍結法の利点・欠点を理解した上で、実際にクリオスタットを用いて凍結切片の作製を行いながら、凍結法の原理や薄切に際して生じる種々の問題点の解決法、さらには薄切に関するちょっとしたコツなどを学ぶ。
「凍結法の利点・欠点」
- 利 点:
- 高い熱やアルコール・有機溶媒に暴露されないため、特に酵素、蛋白、アミノ酸などの組織化学的な検出に優れる。
すばやい薄切標本の作製が可能(術中迅速病理検査)。
- 欠 点:
- 薄い切片の作製が困難。連続切片の作製が難しい。組織が崩れやすい。
「凍結法の実際」
- 固 定:
- 未固定・固定標本ともに使用可能である。未固定の病理標本の場合は結核菌などの病原体に注意する。
- 凍結方法:
- クリオプロテクション:蔗糖液に漬けることによって、凍結の際に生じる氷の結晶の発生を防止し、これによる組織の破壊を防ぐ。
- ドライアイスを吹き付ける方法:サイフォン式の炭酸ガスボンベから粉末状のドライアイスを組織に対して直接に噴射し凍結をおこなう。
- 冷却した溶液に漬ける方法:ドライアイスで冷却したヘキサン、アセトンや液体窒素の中に直接組織をつけ込む。
- 薄切の原理について(アイススケートの原理):
- 凍結法は凍結した組織をナイフで切るのではあるが、氷を割りながらナイフが進むのではない。鋭いナイフのエッジに集中する圧力により、凍っていた組織が融けて軟化し、この部分の組織がナイフにより切られる。圧をかけて氷を融かす点は、スケートのブレードで氷がとけて液状化することによりスイスイとスケートがすべるのと同じ原理である。切り裂かれた組織は圧を解除されると同時に再凍結する。
- 至適温度:
- おおよそ−20℃であるが、温度計が庫内のどの位置にあるか、どの程度頻繁にガラス戸を開閉するかなどで、実際の温度は相当変わってくる。組織の種類や固定方法によっても切りやすい温度は変わってくるので、実際に切りながら微調整をすることが必要。
- 薄切速度:
- 出来るだけゆっくり、かつ一定の早さで。早すぎると切れる前に割れて、かき氷のようにバラバラになる。早さが変わると切片の厚みが一定にならない。
- 薄切後の取り扱い:
- 緩衝液中への回収:浮遊法による免疫組織化学染色などのためにはリン酸緩衝液中に回収し浮遊させておく。適切な条件下であれば数カ月間の保存が可能である。
未固定の標本や、液中に回収するとバラバラになるなどの不都合のあるものでは、薄切後直接スライドガラスに張り付ける。
「ちょっとしたコツなど」
- ゼラチン包埋:
- たとえば膵臓など構成組織の相互の結合が弱い臓器や、消化管の絨毛の輪切りなどでは、単に凍結切片としただけでは液中に回収したときにバラバラに分離してしまう。この様な不都合を解消しつつ凍結法の長所を生かすためゼラチンに組織を包埋したのちに凍結切片を作製することが可能である。
- ゼラチン包埋の方法:
- 37℃に温めながら、0.1M リン酸緩衝液(pH 7.4)にゼラチンを10%の濃度になるように溶解する。
- 組織を上記ゼラチン液の中に入れ、37℃中で2-4 時間浸潤させる。
- 4℃に1時間置き、ゼラチンが固まるのを待つ。
- 5-10 mm 位のゼラチンブロックとして、切り出す。
- 4% パラホルムアルデヒド入りの0.1M リン酸緩衝液(pH 7.4)にゼラチンブロックを入れて、4℃で3時間固定する。
- 15%蔗糖入りの0.1M リン酸緩衝液(pH 7.4)に移して、4℃で48 時間ほどクリオプロテクションする。
- クリオスタット切片を作製する。
ゼラチンブロックを用いた組織の薄切方向の調整:薄切の方向性や左右の対称性が重要な意味を持つ場合、ゼラチンブロックを適当に形成することによりホルダーを作製し、組織を任意の方向に切ることが出来る。
厚い切片の作り方: ステージを空回りさせることにより、厚い切片(60ー100ミクロン)の作製も可能である。
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Last Updated 2005/8/17